途中ですれ違った地元の方から「この先で杉の伐採をしているので気を付けてください」と言われていたが、それらしいチェーンソーの音が山の中から響いてきた。
注意しながら歩いていくと、前方の斜面の上の方で作業をしている人が目に入った。
声をかけようと思っても、チェーンソーの音がうるさくて聞こえそうにもない。
ホイッスルを持っているので、それを吹いて合図しようとしたら、その前に私達に気が付いてくれて作業を中断してくれた。
「どうもすいません」と謝られたので、私達もお礼を言いながらその下を足早に通り過ぎる。
安全な場所まで離れてから、その作業の様子を見ていると、バリバリっともの凄い轟音と共に杉が倒れていった。
世界遺産とは言いながらも、林業の現場の直中を歩いていることを思い知らされる風景だった。
色彩の乏しい杉林の中では、所々に茂っているシダの緑がとても初々しく感じられる。
シダ好きの私達夫婦だけれど、北海道では見たことのない種類のシダである。
後で調べてみて、これが「ウラジロ」という種類のシダであることが分かった。
これと良く似ていて、やや小振りのシダの群落も目に付いたが、そちらの方は「コシダ」である。
そんなシダの群落を見ているうちに、最近NHKで放送されていた番組のことを突然思い出した。
双子姉妹女優のマナカナが熊野古道を旅する内容だったので、熊野旅行を決めていた私達は興味深くその番組を見ていたのだ。
その中で、マナカナが地元の人からシダを飛行機のように飛ばして遊ぶことを教えてもらっていたが、そのシダこそが目の前に生えているウラジロだったのである。
二枚の葉を付けた部分から葉柄を折って、それを紙飛行機を飛ばす要領で投げると、上手く風に乗ればまるでグライダーの様に優雅に飛ぶのである。
テレビでは、何処かの山里の開けた場所で飛ばしていたけれど、この付近は杉林がずーっと続いているので、上手く飛ばせても直ぐに杉の木に衝突してしまう。
今日は体力にも余裕があるので、時々ウラジロ飛ばしで遊びながら歩き続けた。
石堂茶屋の休憩所で昼にしようと考えていたら、そこには中年男性グループの先客がいた。
挨拶をしながら入っていくと、ちょうど休憩が終わったところで、私達に場所を譲ってくれる。
「ここまでどれくらいかかりました?」と聞かれ、「ゆっくりと歩いてきたので、請川から3時間くらいかな」と答えると、ちょっと怪訝な表情をされる。
「それは随分時間がかかってますね〜」
彼らは小口から歩き始めて、12時半には知り合いの方が請川まで車で迎えに来てくれることになっているそうである。
「お気をつけて」とお互いに挨拶して分かれたけれど、今は11時半、待ち合わせ時間が12時半では、ここから請川まで1時間で歩かなければならないことになる。
いくら下り坂とは言っても、絶対に無理そうな時間だ。まあ、少し遅れたところで、暗くなってしまうわけでもないし、心配することも無いだろう。
今日の昼食は、昨日、本宮の酒屋で買ったパンである。
長い距離を歩く時は、パンだけでは心許ないけれど、今日のコースならこれでちょうど良い。
それに、酒屋で買ったパンにしてはなかなか美味しいので驚いた。
かみさんの食べたパンも美味しいとのことで、製造元を調べてみたらそれぞれ別の会社である。
熊野のパンは意外とレベルが高いのかもしれない。
外人の女性が一人、後から登ってきて、挨拶をしてそのまま通り過ぎて行った。
私達も食事終えて出発しようとしていると、ちょうどそこへ外人のグループが登ってきた。
石堂茶屋の説明版を見ていると、その中の一人が近づいてきて「私は漢字が読めませ〜ん」と話しかけてきた。
と言われても、こちらは英語が話せないので、説明のしようがない。
「カフェ?」と聞いてきたので、「そうそう、カフェです!」と答えておいた。
もう少し英語を話せるようになりたいものである。
先に歩いていったと思っていた女性が同じ道を戻ってきた。
どうやら、この外人グループの一人だったらしい。
坂道の途中で羊歯飛ばしをして遊んでいると、外人女性がまた私達を追い越していった。
自分のペースで歩いているのだろうけど、それにしてもほとんど駆けるような速さである。
これでは、彼女と同じペースで歩ける人がいるわけがない。
細い尾根筋の道を抜け、坂道を登り、桜峠を越え、急な階段を降りてしばらく歩くと桜峠茶屋跡に到着。
かつて、この茶屋の主人は、小和瀬に巡礼者の姿を見てから餅をつき、お茶を沸かし始め、その一団が到着する頃には用意を終えていたそうである。
その逸話のとおり、茶屋跡からは遥か下界に小和瀬の集落が見えていた。
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